2022/12/27
時折不思議なものに出会うことがあります
ホームセンター事業部のSです。
時折不思議なものに出会うことがあります。
それは青森県のJR八戸駅から西へ約30キロ、
鬱蒼とした森の中、階段を登るとあります。
階段を登った先、案内文にはこう書かれています。
『キリストの墓 イエスキリストは二十一才のとき
日本に渡り12年の間神学について修行を重ね三十三才のとき
ユダヤに帰って神の教えについて伝道を行いましたが
その当時のユダヤ人達は、キリストの教えを容れず
かえってキリストを捕らえて十字架に磔刑に処さんと致しました。
しかし偶々イエスの弟イスキリが兄の身代わりとなって
十字架の露と果てたのであります。
他方、十字架の磔刑からのがれたキリストは
艱難辛苦の旅をつづけて、再び、日本の土を踏み
この戸来(へらい)村に住居を定めて、百六才長寿を以て
この地に没しました。
この聖地には右側の十来塚にイエスキリストを
左側の十代墓に弟イスキリを祀っております。
以上はイエスキリストの遺言書によるものと謂われております。
イエスキリストが日本で、106歳の長寿を全うしたなどとにわかに信じれる話では
ありませんが確かにそれはあります。
ここは青森県三戸郡新郷村大字戸来(へらい)
本当にキリストと弟のイスキリの墓であるかは置くとして
この新郷村には不思議な点がいくつかあります。
・戸来(へらい)はヘブライからくるという説
・父親をアヤまたはダダ、母親をアパまたはガガということ。
アダムとイブがなまったものなのではないかという説
・子供を初めて野外に出すとき額に墨で十字を書くこと。足がしびれたとき額に十字を書くこと。
・ダビデの星を代々家紋とする家があること
・「ナニヤドヤラー、ナニヤドナサレノ」という謎の節回しの盆踊りが伝えられていること。
ヘブライ語で
「ナーニャード・ヤラヨウ(汝の聖名を讃えん)、
ナーナャード・ナアサアレ・ダハアデ・サーエ(汝は賊を討伐したまい)、
ナーニャード・ヤラヨ(汝の聖名を讃えん)」
と解釈する説もあるようです。
研究家の工藤享さんの説、私の好きな説ですが、ご紹介いたします
―ときは平安時代中期。
青森県の北、現在の五所川原市の辺りに「十三湊(とさみなと)」
という港があった。
アイヌ人と和人との交易拠点としての利用が主だったようだが
ロシアとの貿易も盛んに行われていたという。
そんなある日のこと、ひとりのロシア人船夫が遭難してしまう。
どういうル―トを辿ったのかまでは定かではないが
きっと人里を探してさまよい歩いていたのだろう。
運良く人に助けられた彼は、ある村に案内される。
たどり着いたのは、小さな山村。
結局、ロシア人船夫はそのままそこに住みつき、村の娘と結婚し、生涯を遂げた。
この村というのが、新郷村。婿に入った先の家が、沢口家だという。
故郷から遠く離れた地で骨を埋めることになった彼をかわいそうに思った村人たちは、
彼のお墓に、彼が信仰していたキリスト教のシンボルである十字架をたてた。
つまり、キリストの墓と信じられているのは
実はキリスト教信者だったロシア人船夫の墓だというのだ。
実際、新郷村の近くにある尾去沢(おさりざわ)鉱山には
その時期にロシア人が働いていた記録も残っているのだとか。
いろいろ想像をめぐらせるのはとても楽しいものです。
いかがだったでしょうか。是非青森県の八戸や十和田に行かれた際には
新郷村に立ち寄ってみるのも一興かと思います。